カテゴリ:雑感( 182 )

 

非常識な常識

河合隼雄さんの『こころの処方箋』に収められているエッセイは、どれも突拍子もないタイトルが付けられているようで、読んでみるときわめて常識的な内容だったりするのだ。いかに人が現実味のない、観念上の「常識」を正しいと思い込んで生きているかに気づかされると思う。

中でも、「自立は依存によって裏づけられている」の一項は示唆に富んでいる。


よく思うのが、依存には、「その人への依存」と、「関係性への依存」に区別されるんじゃないかということ。誰かに依存したいと思うとき、ほんの少し立ち止まって、そうすることでどっちを求めているのかを確かめておかないと、無用にその相手を傷つけてしまいかねない。
特に、誰かとの関係の代償として、他の誰かとの関係にはけ口を求めようとしているときには要注意だ。僕の乏しい経験から言っても、そこでずんずん突き進んでいったところで、物事が好転したためしがない。

自立するためにはべったり依存できる相手が必要だというのは深く頷ける。
でも、逆もまた真なりとはよく言ったもので、依存するためには自立しなくてはならない、ということもいえるのかもしれないな。少なくとも自分の気持ちを見定めることができる程度には。
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by match-ken | 2007-09-25 01:34 | 雑感  

自分の意識が世界の意識と交わるとき

バイト帰りに地下鉄に揺られながら、吉本ばななの小説『アムリタ』を読んでいた。
主人公の朔美が階段から落ちて頭を打つシーン。この事故で、朔美は記憶を失ってしまうのだが……。
その日付は、9月23日。

はっ!と思い、腕時計のカレンダーを見る。(その切迫感は、日曜の夜の乗客には似つかわしくないものだったろう)

今日は9月23日だ。


これを奇跡だとか今日読む運命だったとか何かを暗示してるだとか、はたまた単なる偶然にすぎないだとか、言ってしまうのは簡単なことだ。

でも、案外こうした偶然の(意味のある?)一致は、世界中にあふれているとはいえないだろうか?
思い返してみれば、こういう経験は今までに何度もしているのだ。ふと頭に浮かんだ言葉が、その直後にたまたまついていたテレビとか読んでいた本とか乗り合わせた乗客とかから飛び出して、ぎょっとしてしまう。その言葉を今具体的には思い出せないのは、同じようなことが何度もあったからだろう。
これは別に僕に限ったことではなく、誰にでもあることだと思う。

そうやって考えてみると、この手の一致について「ある」のか「ない」のかといったことはもはや問題ではなくて、それに「気づいている」か否かの違いしかないのではないかと思えてくる。

ここである人は、「シンクロニシティ(共時性)」という言葉を用いて説明を試みるのだろう。
それはそうだろう、これはまさしくシンクロニシティの典型例なのだから。
でも、いくら言葉を尽くしてシンクロニシティの科学的根拠(あるいは無根拠)を説明してみせたところで、何もわかったことにはならない。その点では、「単なる偶然だよ」と片付けてしまうことと大差ない。

だってそれは、ただただ「ある」んだから。

この一致の何たるかなんて解き明かせなくてもいいから、なるべく多く「気づける」自分でいたいと思う。
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by match-ken | 2007-09-23 23:15 | 雑感  

今月の本代を考えるのも恐ろしい

このところはほとんど一日一冊ペースで本を読んでいる。
読みながら、ずっと考えている。「物語による癒し」とは何だろう、と。

そして、自分でも書いてみたいと思う。

でも、今は何も出てこない。
ないものをしぼり出すよりは、自分の中に蓄積されたいろんなものが、物語という形をしてあふれ出てくるのを待とうと思う。

今はとにかく読む。ざぶざぶと、読む。
そして、考える。
何を。何かを。
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by match-ken | 2007-09-22 23:32 | 雑感  

意味なんて考えない

理屈とか、既存の枠組では説明のつかないことくらい、世界には無数にある。

それを、何が何でも言葉に落とし込めようとするところに、人間の業の深さがある。

言葉以前から同じような姿で存在していた世界を、人間が言葉で切り取ったわけじゃない。
言葉で切り取ったから、世界は今のような姿をしている(少なくとも人間の目にはそう見える)んだ。
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by match-ken | 2007-08-30 02:29 | 雑感  

思索@バックヤード

今日は、昨夜からは一転、いろいろなことを考えた。
孤独で単調な返品作業は、意識を仕事とは別の変なところへ持っていってしまう。
特にエロ雑誌とかがよくない。

考えたことは、振幅がとても大きいので、まだ文字にはしません。
言葉にすると、そこに固定化されてしまうので。

まだまだいろんなことを考えなくてはならない。
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by match-ken | 2007-08-26 00:19 | 雑感  

アルコホール

晩飯を食べに入った中華料理屋で生ビールを飲み、
家に帰って洗濯が終わるのを待ちながら缶ビールを1本空け、
洗濯物を干し終わってからさらに2本空けた。

おれどうしちゃったんやろうと思う。

酔ってるから言える、ってこともあるけど、
言いたいことが先にあって、だから酔う、って手法もあるのです。
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by match-ken | 2007-08-24 02:06 | 雑感  

目下の課題は、

無関心。
それも、発展的な無関心。

意識を、自分の外側ではなく、内側のさらに奥深くの、
言葉の届かない世界まで落とし込めること。


言葉の先の世界に行くには、言葉の世界を通過するしかない。


だから僕は、本を読む。とてつもない量の本を。
そうして言葉によってしか切り取れない世界に自分の意識を埋めていって、
いつか言葉ではどうしても切り取れない世界にまで達してみせる。


あなたと、あなたのいる世界に、積極的に無関心になるために。
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by match-ken | 2007-08-01 03:52 | 雑感  

1ダースの苦しみ

誰のことも恨みはできないとは思うけど、
いつまでも覚えていることならできるはず。

だから、いつか解き放たれたときにも、
この痛みは忘れないでおこうと思う。
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by match-ken | 2007-07-09 01:53 | 雑感  

その場のリクツより、その背景を

論理。

と、
論理的な詭弁、飛躍、すり替え、

と、
もはや論理的とは言いがたい開き直り、逆上、放棄、沈黙。


それら全部をいったん受け止めて、受け入れて、
でも決して迎合はせず、
大事なことだけを抽出して再提示できるだけの人間になれれば、
少しは真のやさしさに近づけるのかな。
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by match-ken | 2007-06-25 02:04 | 雑感  

どれが一番苦しいんやろうね。

好きだけど、愛してない。
 世の大半の「恋してる」人々はそうなんじゃなかろうか。
 嫌いになれない苦しさ。

愛してるけど、好きじゃない。
 その言葉に、(適当かどうかわからないけど)僕はセックスレスを想起する。
 もはや存在が確かすぎるのです。

好きだし、愛している。
 そうなれば、もはや苦しくないという。
 
 そうなのかな。案外一番苦しいのかもしれない。
 幸せだけど、苦しいときには、とことん苦しいのに違いない。
 
 たぶんね。
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by match-ken | 2007-04-25 05:13 | 雑感