カテゴリ:雑感( 182 )

 

仕事をやめよ、町へ出よ

矢井田瞳とGO!GO!7188のことが誰よりも好きなつもりでいました。

なのに、今日仕事帰りに立ち寄ったCDショップで初めて、
ヤイコがベストアルバムを、GO!GO!がニューアルバムを出していたことに気づきました。

どっちも今年の2月。それから3ヶ月も何してたんやろ……仕事かな。


そんなことではいけないって、今日ばかりは痛感した。

巷にあふれる「残業しない技術」的な本でもよく書かれているではないか。
「時には街に出てみよう」と。

いやまぁ、そこで書かれているのは市場の動向をうんぬんとか、
机に向かっていて出てくるアイデアなんてしょせん…とか、そういった理由に基づくものやけど。

そこはまぁごもっともやとして、
その前に自分の好きなアーティストがCD出しても気づかない生活ってどうなの?ってことですよ。
それは決して仕事のせいだけではなくて、
自分の魂に対していかに漫然と生きてるかの現われなのでしょう。


自分の好きなことと、好きな人のことを、好きでいよう。
ついでなので、1日の大半を占める仕事のことも好きになろう。
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by match-ken | 2009-05-21 21:15 | 雑感  

ゆきーがとけてかわーになってながれてゆきます

仕事を終えて、
会社の階段を下りているとき、
地下鉄の窓に映った自分の顔を見ているとき、
ほとんどの店がシャッターを下ろした後の商店街を歩いているとき、
自分の内側から、

「何のために」
「誰のために」

という問いが湧き上がるのを止めることができないでいる。

「何のために」「誰のために」、何なのか、うまく言葉を接ぐことができないので、
問いとして成り立っていない気もするけど。


でも、「何のために」「誰のために」何なのであれ、答えは僕の中で2年ほど前に出てしまっている。

答えなんてない、という、答え。


それでも問わずにはいられない、人間の業の深さ。

人生がアタマからシッポまで「何のため」でも「誰のため」でもないからといって、
「何々のため」「誰それのため」に生きてはいけないということではないのだ。

無意味さを徹底的に自覚したうえで、なお意味を見出して生きている人の人生は、
とてもあざやかなんだろうと思う。

さて、それでは僕は、「何のために」「誰のために」、
会社に行ってみようか、遊んでみようか、……生きてみようか。


春先はいつも、感情の触れ幅が大きすぎてまいってしまう。
それでも以前の春と比べれば、あらかじめ予測していた分、ずいぶん楽に過ごせている。
そうやってどんどんこなれていくんやろかね。それはいいことなんでしょうよ。
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by match-ken | 2009-03-18 23:49 | 雑感  

新幹線は暴力を運ぶ

出張帰りの上越新幹線。
越後湯沢からスキー帰りとおぼしき外国人4人組が乗ってきた。
座席を回転させて席に着くなり、缶ビールを開けて大騒ぎ。
うるさいのなんのって。疲れていて寝たかったけどうるささのあまり眠れず、本を開いても全然集中できない。

よっぽど何か言ってやろうと思ったけど、僕の英語力では穏便に静かにさせられるだけのセンテンスが思い付かない。Please,be quiet...Would you be quiet?...わからん。
僕が英語をしゃべれないのが悪いのかもしれないけど、
抵抗する手段を一切奪われた状態で与えられる苦痛は、暴力的、いや、暴力そのものだと思う。

同じ電車のワゴンサービスは、なぜ猛スピードで往復していた。
ガラガラと音が聞こえたからコーヒーでも買おうと思ったのだけど、
呼び止めようとした瞬間にはもう、5メートルくらい先に。
次こそ!と思って戻ってくるのを待ち構えていたけど、またしてもタイミングがとれず失敗。
呼び止める隙さえ与えない車内販売。これもまた暴力なんじゃなかろうか。

暴力とはたぶん、理不尽な悪意、圧力、無視、そういったものの総称なんだと思う。
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by match-ken | 2009-01-19 19:22 | 雑感  

恋は盲目

だなんて、もはや使い古された言葉だけど、本当にそうなんだろうか?
まぁ、ある一面においてはその通りなんだろう。

同じ人のことを、同じくらいの時間、
当事者より少しだけ客観的な視点で見続けてきたからこそ、
持てる意見、できる忠告があるのだろうなとは思う。

「だからどうした」と切り捨てることも僕にはできる。
でも、耳を傾けてしっかり受け止め、なお茨の道を進むのだとしたら、
それを「覚悟」というんじゃないかな。


とかなんとか。
自分を美化してみたくもなるこの共依存スパイラル。
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by match-ken | 2008-11-02 07:26 | 雑感  

風鈴火山

外回りでとある街の裏通りを歩いていると、
季節はずれになりかけの風鈴の音が聞こえてきた。

そのとき初めて、今年我が家では風鈴を吊るすのを忘れていたことに気づいた。
ここ3年間、毎年必ず吊るしてきたのに、今年は思い出しもしなかった。

帰ったらすぐ吊るそう、まだ暑いし、と思い、すぐに、
やめとこう、また11月頃まで出しっぱなしにしちゃうやろうから、と思い直した。
「また」というあたりがミソです。

ちなみに自慢じゃないですけど、すだれを吊ったまま一冬を越したこともあります。
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by match-ken | 2008-09-05 15:47 | 雑感  

「もう新しい人見つけた?」

だなんて余計なお世話。

「おれの好きな人はずうっと一緒やで」

そう言い放ってから、自分に問いかける。
そのこと自体は嘘ではないはず。
間違ってない、よな?
自分の心を確認して、さらに言葉をつなぐ。

「人の心は、そう変わるもんじゃないで」
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by match-ken | 2008-05-05 22:08 | 雑感  

勝手にほどかないでくれ

頬を撫でる暖かい風が、春の訪れが近いことを思わせる。

春風が運んでくるのは、うきうきした気分ではなく、うつの気分。
毎年決まってそうなのだ。

張り詰めていた神経がぱらっとほどけて、いろんなことを感じ、いろんなことを思い出してしまう。冬の間、ひたすら内へ向いていた感受性が、一気に外に開かれてしまう。強制的に。


感受性なんて、少し鈍ってるくらいがちょうどいい。


自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

『自分の感受性くらい』(茨木のり子)より
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by match-ken | 2008-03-15 18:45 | 雑感  

無償の愛へのアンチテーゼ

自分にとってとても大切に思える人に、
見返りを求めることもなく永続的に愛を注ぎ続けたいのならば、
その人に、あるいは自分に、別の恋人がいなくてはならない。

なんだかとても逆説的なのだけれど、実際、そうなのだ。
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by match-ken | 2007-10-31 00:31 | 雑感  

なのになぜ呼び起こす?

平気そうに見えますか?
何とも感じてないように見えますか?

過去も見ず未来も見ず、現在を透明な目で見つめてるだけのこと。
身体の中心線を意識して、今、この場所に自分の足で立っていることを確かめているだけのこと。

僕はそんなに強くない。
でも、簡単に弱さに負けてしまいたくもない。
だから今は、自分で、自分を見ている。心の揺らぐ様子を、向かおうとする方向を。
どこから見てるんだろう?
よくわからないけど、そのまなざしはたぶん、静かで透明なように思う。

どこへでも行ける自分になるために、今はどこへも行かない。
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by match-ken | 2007-10-17 00:38 | 雑感  

嗜好は日々変わる

今朝起きて窓を開けると、ベランダの真ん前の金木犀が満開になっていた(満開っていってもそんなに開かないけど)。
その香りを胸いっぱいに吸い込んで、「今まで一進一退だったけど、これで正真正銘の秋が来たなぁ」って思った。なんだかとてもすがすがしい気分。バイトなんて行かずに散歩したい。

そんな自分にびっくりしてしまったのでした。

なぜなら去年まで僕は金木犀の匂いが大っ嫌いだったから。「なんやあのニオイは、わざとらしい。芳香剤かっちゅうねん」と悪態をつくくらいに。
同じ自分が今年は、同じ匂いをかいで秋の訪れを感じてうれしくなったりなんかしてるもんだから、これはどうしたものかと思って。


今までは、「金木犀なんて…」と言えるのが大人なんだと思っていた。
でも、「金木犀もまぁ悪くないよね」と言える方が、もっと大人なんじゃないかとも思える。


次は桜が咲いたとき、どう思うかやな。桜も“嫌い”なので。
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by match-ken | 2007-10-07 11:29 | 雑感